以前に、「フィンランドメソッド」というフィンランドの教育方法を紹介しました。特に、読解力に関して、圧倒的に世界一のメソッドと言われています。
今回は、読解力ではなく、精神的な領域を通して、治療法に行き着いている方法の紹介です。
いま精神医療の現場で、新たな手法「オープンダイアローグ」が注目を集めています。フィンランド発祥のこの治療法は、患者と医療者、ときには家族などの関係者も加わり、対話を行っていくもの。入院や薬による治療では得られなかった変化も見られるなど、その可能性に大きな期待が寄せられています。
精神医療に、薬物治療を行なわない
オープンダイアローグとは,日本語でいうと、開かれた対話という意味です。統合失調症患者への治療的手法として取り入れられています。フィンランド・西ラップランド地方にある病院のスタッフたちを中心に,1980年代から開発と実践が続けられきています。
オープンダイアローグ,正式には「急性精神病における開かれた対話によるアプローチOpen Dialogue Approach to Acute Psychosis」と呼ばれるように,主たる治療対象は発症初期の統合失調症です。
現在,この手法が国際的な注目を集めている。その理由は,薬物治療を行わずに,極めて良好な治療結果があります。
その手法はシンプルである。発症直後の急性期,依頼があってから24時間以内に「専門家チーム」が結成され,患者の自宅で行う。本人や家族,その他関係者が車座になって「開かれた対話」を行います。この対話は,患者の状態が改善するまで,ほぼ毎日のように続けられます。
西ラップランド地方においては,入院治療期間は平均19日間短縮されたようです。薬物を含む通常の治療を受けた統合失調症患者群との比較において,オープンダイヤログによる治療では,服薬を必要とした患者は全体の35%,2年間の予後調査で82%は症状の再発がない、もしくは,ごく軽微なものにとどまり,障害者手当を受給していたのは23%,再発率は24%になっています。
着目すべきは、薬物を使わず対話だけで統合失調症を治療するということは,従来の日本での治療に携わる人たちにとっては、考えられないというのが、正直な意見だそうです。
近年も、電話による全ての相談依頼に24時間以内に治療チームが対応する方針で、限られたスタッフでこの体制を維持できているようで、この治療法が定着しているようです。
密度の濃い介入を発症直後から行う
オープンダイアログの中心人物であるヤーコ・セイックラ氏は,それが「治療プログラム」ではなく「哲学」であることを強調しています。
オフィスに相談依頼の電話を受けたスタッフは,治療チームを招集し、依頼から24時間以内に,初回ミーティング行います。
参加者は,患者本人とその家族,親戚,医師,看護師,心理士,現担当医,その他本人にかかわる人物です。このミーティングは,本人の自宅で行われます。全員が一つの部屋に車座になり,やりとりが始まります。
そこで「開かれた対話」が行われます。このミーティングは,患者や家族を孤立させないために,危機が解消するまで毎日続けられます。ほぼこれだけで重篤な統合失調症が回復し,再発率も薬物療法の場合よりはるかに低く抑えられるのが強敵です。
薬物治療や入院の是非を含み治療に関するあらゆる決定は,本人を含む全員が出席した上でなされ、本人のいないところで治療方針が決められないというところが素晴らしい。
ミーティングでは本人と家族全員の意向をまず、表明する。そして、治療の問題に焦点が当てられます。会合の最後に結論がまとめられますが,何も決まらなかった場合も,決まらなかったことを確認します。ミーティングに要する時間は、約1時間半程度ということです。
患者が入院した場合でも,同じ治療チームがかかわりを持ち続けます。このような心理的連続性は極めて重要な要素となっています。緊急事態が去り,症状が改善するまで,同チームの関わりは,本人だけでなく家族に対しても継続されるようです。
「モノローグ」に自閉させず,「ダイアローグ」に開かせる
おおよそのやり方に関しては、特に理論的なことはありません。
しかし、二つの理論的支柱があります。G.ベイトソンの「ダブルバインド理論」と,M.バフチンの「詩学」です。特に重要なのは後者です。ここでは「モノローグ(独り言)」の病理性に「ダイアローグ」の健康さが対比されます。統合失調症の患者は,どちらかというと病的なモノローグに自閉しようとしますが,ダイアローグによる介入で,それをオープンダイアローグとして作用するのである。
発症当時は一般の人が思う以上に、全てがあいまいな状況です。オープンダイアログでは,無理に診断や評価には踏み込まず,あいまいな状況をあいまいな状況として対話によって支えていくというやり方です。
参加メンバーの役割や社会的階層は重きをおかない。メンバー全員のあらゆる発言に対して、すべて許容し、傾聴される。この雰囲気そのものがこのオープンダイアログの安全感を保障します。どんな治療手段(入院,服薬など)を採用するかについては、対話全体の流れが自然に答えを導いてくれるまで、次回に繰り越されるという驚くべきやり方で進められます。
統合失調症の発症初期において,患者は自らの耐えがたい体験を語るための言葉がないそうです。それゆえ,患者が妄想や幻覚について話し始めても、周りのスタッフはそれを否定したり反論したりせずに傾聴する姿勢が必要になります。その上で「自分にはそうした経験がない」という思いを素直に語り合ったり,その体験についてさらに詳しく患者に尋ねたりする。
オープンダイアログでは,議論や説得はご法度です。この対話の目的は,合意に至ることではないという点です。安全な雰囲気の中で,相互の異なった視点が接続される。ここから新たな言葉や表現を生み出し,コミュニケーションを確立することで,患者個人と社会とのつながりを回復する。そして、新たなアイデンティティをもたらしてくれる。これがオープンダイアログのもたらすポジティブな変化であり、結果として臨床上症状の改善として現れるようです。
フィンランド以外での実現可能性は
フィンランドの「ニーズに合わせた治療 Need-Adapted Treatment」の一部をなしているため,オープンダイアログ治療の要請は全て受け入れられ,治療費は基本的に全額無料が福祉国家らしいところです。
この実践モデルは,最重度の精神疾患にもこのネットワークモデルが有効であることがわかっているために、現在はロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、スウェーデン、ノルウェーなどに国際ネットワークがあります。一方、米国のように保険会社が主導権を握っているシステムの弊害があり、その実践は非常に困難とみなされています。
日本においても、最近非常に注目しており、医療機関や、精神疾患に関わっている団体が、視察をはじめとして、この手法と実践を行う段階に来ているそうです。看護専門学校でも、教育の一環として、体験を行なっているところもあるようです。
驚くべきは、精神科医療の現場に限定せず、教育、福祉、一般の企業の中でも、このオープンダイアローグによる「関係性の修復的対話」が取り入れられ、地域社会の中にも「対話の場」を採用しています。
コメント
こんにちは、フィンランドってすごいのですね。
薬物治療を行わずに,治療が良好できるってほんとにすごいと思います。